ことばにまつわるエトセトラ(コラム集)


このコラム集は、日常生活で話したり聞いたりしてふと疑問に思うこと、また、ことばに関する、気付かないでとおり過ごしてしまうような些細な(ときにどうでもいいような)ことを、様々な視点から考え、私論を展開させたものです。話題は、社会現象、ジャーナリズム、テレビを中心としたメディアなど、日常生活に密接な事柄を中心にしていこうと思っています。皆様に納得して、あるいは喜んでいただければ幸いです。このコラムに関するご意見は、こちらまで。なお、本コーナーの開設にあたっては、飯田朝子さん(中央大学准教授)のホームページ「ことばの素朴な疑問を素朴に考えるページ」に依拠する部分が多く、色々ご協力いただいております。

第18回 「欧米か!」と真の「国際化」

 2006年の新語・流行語大賞も発表になり、年の瀬となった。新語・流行語大賞は、『現代用語の基礎知識』が候補語60語の中から選ぶもので、今年も12月1日に発表になっている。候補語の中には、「がっかりだよ!」(桜塚やっくん)、「チョット、チョットチョット」(ザ・たっち)のような、お笑いタレントが流行らせたものなどもあるが、私が、個人的に今年の流行語として挙げたいのは「欧米か!」である。これは、新語・流行語の候補語にすら挙がっていないが、お笑い漫才コンビ「タカアンドトシ」の定番の芸風である。ツッコミ担当のトシが連続で「○○か!」とつっこむパターンが定番のネタで、特にボケ担当のタカが、何の脈絡もなく欧米風の習慣や身振りを交えたり、話題を強引に欧米のものに結びつけたりするときにトシが「欧米か!」とつっこむものが人気となっている。
 この漫才の台詞がおもしろいと感じられる背景には、一般の日本人が欧米文化に対して過度に憧れることが滑稽であるとする皮肉があると、私は感じている。とかくに、欧米の衣料品、革製品などに対するブランド志向や、海外旅行、海外留学などがファッション感覚であったりなどということが横行しているが、「欧米か!」と頭をはたきたくなるような気分にさせられることがある。
 「国際化」とか、「国際感覚」、あるいは全部カタカナで「グローバルスタンダード」などという文言が、大学などで、おそらく企業などでも日々用いられ、なかばそのような感じの(なんだかよくわからない抽象的な)ことが強要されているように思える。真の国際化とはどのようなものなのか?上に述べたような、単に欧米の文物や習慣を日常にとりこむことではないはずだ。欧米で生活した経験のある人が、たまに日本に帰って「これだから日本人は」とか、「日本はこうだからいけない」のなんのとコメントするのも実に聞くに堪えない。自分たちも日本人であるのに。仕事上のことで同僚と何かの約束をしたとして、急に断られたりした時、「だって、サインしてないから」などと言われでもしたら、それこそ「欧米か!」と言いたくなるだろう。
 この誤った「国際化」の認識には、まず、「国際的」=「欧米的(限定するとアメリカ的)」という思いこみがあるのだと思う。いわゆる「国際的」な視野をもつためには、視点を欧米にだけ向けるのではなく、常にその他の地域、アジア、アフリカ、そして特に近隣の韓国・中国などの諸国も念頭に置いていたいものだと思う。
 言語に関してもそうだ。「国際的」というキーワードの背景に、「英語が堪能である」ということがついてまわっている感じだ。確かに英語の普及、流布は、現在のところワールドワイドであり、コミュニケーションの手段として最優先される言語であるのは事実である。しかし、所詮英語といえども、勘定のしようによっては4000から8000言語といわれている世界の言語のうちのたった一つであって、そのそれぞれを詳細に知らないまでも英語以外の言語の存在を背景知識として自覚していることは、英語なら英語を運用する際にも極めて重要なことであると思う。数年前の韓国ドラマブームの陰に、韓国語学習も同時に流行ったことなど、思い起こせば、そういったことに対する国際感覚も捨てたものではないと思う。また、国際化は、英語だけではない、といった主張は、たとえば、2008年の北京オリンピックに参加したり見に行ったりしようとする場合に、国際的な催しだからと英語学習に特に気合いを入れるということが、何となく的をはずれているように感じられるかと思う。
 なんとなく盲目的に扱われている「国際化」ということに関して、ことばの面での「国際化」も忘れないでほしいと願う。
 That's all. Thank you very much!
 欧米か!(笑) (2006/12/6)

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